* 年齢操作:だいたい+8くらい(捏造)
* なんとなく円←豪←虎っぽい感じ
* 豪炎寺さんが最低です

以上、大丈夫な方だけどうぞ↓



花嫁のブーケ



 六月の青い空の下、勢いをつけて投げられた花束が高く舞う。それは大きく弧を描き、ほとんど必然のような様子で、新婦と旧知の彼女の胸をめがけて落ちた。新婦が微笑み、祝福をのせてはっきりと頷く。花束を手にした彼女が笑顔で頷き返すと、わあっ、と盛大な拍手が起こった。
 ブーケをめぐって集まっていた女性たちの輪の外、みずからも手を叩きながら、虎丸は隣に立つ豪炎寺と視線を交わした。
「なるほど、順当なところだな」
「素敵ですね、こういうの」
 高揚した気分で虎丸は答える。物心ついてからというもの、結婚式の招待を受けるのは初めてのことだった。そのブーケトスの光景は、あらゆる祝福に包まれたこの日、もっとも美しい場面として虎丸の印象に残った。
 披露宴の会場へ移動すると、虎丸の席は豪炎寺の隣に用意されていた――というか、むしろそのせいで、それほど前方のテーブルに席を決められたのに違いなかった。多くの人間が集まる中、その近さには気がひける気もしたけれど、自然にそういう扱いをしてもらえるのが嬉しかった。
 新郎新婦とも顔は広い。開場中を忙しく廻る中でも、このテーブルにはとくに何度も顔を出し、談笑し。
 豪炎寺は終始穏やかに笑い、やはり同じ卓の鬼道と結託して新郎を冷やかしていたが、実のところはあまり機嫌がよくなかった。そんなことに気づいた人間が何人いるだろう。
 ――いい気味だ、なんて、思いたくて思ったわけじゃなかった。そんなことだから罰が当たったのに決まっている。

 騒がしい二次会がお開きになると、一応のところは解散という格好になる。同窓会よろしく朝まで飲むつもりのグループもあるようだったが、豪炎寺はいくつかの誘いをやんわりと袖にしていた。それなら自分も行かなくていい、虎丸は当然のようにそういう判断をする。豪炎寺も虎丸が自分についてくるのをわかっている様子だった。
「豪炎寺さん、けっこう飲んでましたけど。大丈夫ですか?」
「大丈夫だ。潰れるほどじゃない」
「本当に? 強いからって無茶したらだめなんですよ」
「いつも俺がお前に言うことだな」
「もう、前の話いつまでも引きずらないでください!」
 虎丸がはじめて豪炎寺から飲みに誘われ、調子に乗って完全に潰れたのは二十歳の誕生日を迎えてすぐだ。以来からかわれ通しだが、本当は自分のほうが強いはずだと虎丸は思っている。嬉しくてはしゃいで呑みすぎて、先に限界を迎えてしまうのは相手が相手だからだとも。でも今日は、なにか違う気はしているけれど。
 つい今しがた、いや、帰るよ、と何人もに向けて言っていたくせ、豪炎寺は帰途につくつもりはないようだった。しばらく歩いてから、飲み直そう、と静かに言われ、こっちは気分いいんです、直す必要はないんですけど、と虎丸は思う。思うけれど素直に誘いに乗った。
 前を進む足取りは迷いなく、連れて行かれたのは虎丸の知らない店だったが、豪炎寺は以前にも来たことがあるそぶりだった。人がまばらなバーの中、カウンターから離れた奥の席へと座る。豪炎寺は最初こそ虎丸の話に適当に頷いていたけれど、いつのまにかふたりは無言になった。グラスの中で氷が融けていくのにまかせ、虎丸は黙りこくった豪炎寺の横顔を眺める。やがて閉店の声を聴き、狭苦しいエレベーターで地上に降りてから、タクシーを拾うまえに腕を掴まれた理由はほとんどわかっていた。
「……飲み過ぎた。すまない、少し休みたい」
 嘘だ。豪炎寺が店で頼んだのは最初の一杯だけで、それだってほとんど残していた。むしろ醒め始めた頃合のはずだ。
「だったら早く帰りましょう。ちゃんと帰って寝たほうがいいです」
「帰りたくないんだ」
「豪炎寺さん、子供みたいなこと言わないでください」
 呆れる虎丸を無視して豪炎寺は歩き始める。豪炎寺に申告されたとおり、酔っ払いを扱っているつもり、困ったふりで従いながら内心で虎丸は悪態をつく。そんなしっかり早足で歩ける酔っ払い、いるわけないと思いますけど。掴まれたままの腕は痛いくらいだ。
 豪炎寺が目的地を定めている様子はなかったが、どこへ向かおうとしているか、そんなことは考えたくもなかった。
 豪炎寺さん、何をしたくてもかまいませんけど、それ、帰ってシャワー浴びてからにしませんか。帰れないなら俺が送ってあげますよ。豪炎寺さんのベッド寝心地よさそうだし、ばかばかしくなって寝ちゃえばいいのに。そしたらすぐに朝だと思うし、起きたらきっといまの気分なんか忘れてる、お昼ぐらいは作ってあげるし――
「豪炎寺さん、……俺ですよ」
「わかっている」
 あろうことかホテルの入口の前で、虎丸の腕を引く豪炎寺の力は強かった。ありえない、と虎丸は苦く思う。頭上に点滅するうるさい電飾、趣味の悪すぎるピンクの外壁。よりによってこんな場所を選んだのはわざとだ。気持ち悪い。
 無言で個室まで引きずっていかれ、扉を閉めるか閉めないか、後ろから抱きすくめられた。虎丸の首筋に顔を埋め、豪炎寺は熱い溜息を吐く。
「い、……嫌です」
 肌が粟立つのをこらえて訴えたところで、豪炎寺は聴く耳をもたない。次の瞬間にはベッドへ押し倒されていた。
 嫌だ、――こんなのは嫌だ。ここに居るのは俺なのに。
「豪炎寺さん! だめです、こんなの――」
「黙れ」
 命令するのも億劫そうな風情さえ漂う。上から睨みつけてくるのはつめたい目だった。けれどその目はつめたいままゆっくりと細められ、優しい声が虎丸を呼ぶ。
「いい子だ。大人しくしていろ」
「…………っ」
 押さえつける仕草の手には力など籠もっていない。あきらかに自覚的な色気にあてられ、虎丸は屈辱に顔をゆがめた。抵抗しても拒めないことは知っている。だって今朝、駅前で落ち合った瞬間から、――式の間も、いままでずっとだ、期待で背筋がちりちりしていて、こういうふうにされること以外なにも考えられなかった。
 俺は本当はこの人を裏切り続けている。今日はこの人の人生最悪の一日で、俺には最高の一日だった。豪炎寺さん、知ってるんですよね、そんなこと。
「いいだろ。おまえが好きなんだ」
 虎丸の鎖骨へ、胸元へとキスを落とし、身体をひらかせていきながら、豪炎寺が思いつめたように囁く。虎丸がずっと欲しかった言葉は、彼が言いたくて言えなくて、お下がりで投げて寄越された。ひどすぎるけれどそれでもよかった。
 ――豪炎寺さん、俺ならなんだってしてあげる。あなたが、俺を選んでくれるならなんだって。思うのに体は動かない。丸裸にされて犯されながら、だめです、やめて、と譫言のように繰り返し、いま悲しいのか嬉しいのか、どっちかなんて自分でもわかりはしなかった。
 見た目よりも厚い豪炎寺の体に腕を廻し、背中にぎゅっと爪を立てる。願っていたものはこんな形ではなかったけれど、ネジが外れて、笑い出したくてたまらないのを堪えている。自分を犯す男を哀れだとさえ思った。
 胸元にふと雫が落ちて、虎丸は閉じていた目をひらく。
「……豪炎寺さん、泣かないで」
 慰める資格なんてないのに、苦しいほど愛しくてたまらない。もちろん気に障ったのだろう、荒々しいキスで口を塞がれ、無理な姿勢で体の奥を穿たれる。
 乱暴に揺さぶられる視界の中、セックスができればそれでいいだけの場所なのに、部屋には奇妙なところがひとつ。窓際に置かれたテーブルの上、みすぼらしいような花が一輪活けてある。
 花を、次の番で幸福を迎える約束を。
 この人も、俺も、最初からそういう祝福を受け取る権利さえない。でも俺はきっと、あのブーケから花を一輪、こっそり盗みとってしまった。



11.07.24

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