断片ログ 5



【ペーパーの没ネタ】

 夜をはじめるキスのまえ、名前も呼ばれなかったのは、口をひらけば零れ落ちていってしまう何かのせいだった。合わせた唇の間から、ひとくち、というには少し足りない量の液体をうつされる。虎丸の唾液が混じったそれは微かにぬるく、薬品臭い甘さをしていた。イシドが顔をしかめると、虎丸は逆に面白がるような気配をみせる。素直に飲んでいいものなのか迷ったが、口内で液を弄ぶうち、次第にくちづけを深くされ、ねだるように喉を撫でられる。あきらめて、ごくん、と嚥下してやれば。
「……ふふ、」
 虎丸は満足そうに笑った。イシドは虎丸が片手に持っていた小瓶を取り上げ、ラベルの印字に目を走らせる。てのひらに収まるサイズのそれはほぼ空だったが、底にわずかに残った液体が趣味の悪い桃色をしているのは知れた。……こんなもの、どこで調達してきたのだか。
「これは何だ? あまり歓迎できる味でもなかったが」
「こうでもしないと飲んでくれないじゃないですか」
「だから何だと訊いている」
「そうですね、あなたが俺をかわいがりたくなる薬です。効果が出るまでは時間がかかるみたいですけど――」
 媚びを含んだ上目遣いで、虎丸は笑みを深くする。
「俺はもう、先に飲んでしまったんですよね」
「……それで? 効果はあったのか」
「試してみます?」
 提案するようなふりをして、背中に廻されてくる腕は、イシドに有無を言わす気などないようだった。
「イシド様、俺と、たくさんいいことしましょう?」
 きっと本当はして欲しくてたまらないくせに、虎丸の誘い方はあくまで強気だ。そんなことだから苛めたくなってしまうのだと、わかってやっているならあまりに罪深い。
「覚悟しろ」
「望むところです」
 遅効性なんて本当だろうか、身体は既に充分な熱をもっている。まずはもっと深いくちづけを、舌の上から薬の味が消えるまで。




12.02.17

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