無題 会いに行ってもいいですか、と、虎丸からのメールの文面は曖昧だった。いつどこで、が使えないようではお前の国語は大丈夫なのかと思ったが、こちらの好きに指定していいということだろう。配慮してやらなければ自分のほうが都合がつかない生活を送っているくせに、これで気を遣っているつもりなのだから笑える。用件はどうせわかっていたので、部活の後なら今日でもいい、と豪炎寺は手短に返信した。 二月も半ばに近づいて、風は相変わらずつめたく透き通っていたが、少し前ならこの時間にはもう夜だった。今日の空はまだ夕方の色をはっきり残して、冬のいちばん暗いところは乗り越えたことを告げている。 約束があるから、と早くに着替えを済ませて部室を出たものの、それでお前はいつどこに来るんだ。校門の外へ一歩踏み出し、携帯を確認しようとしたときに気がついた。 「そんなところで待っていたのか」 敷地のすぐ外、見慣れた顔がコートとマフラーに着られたような姿をしている。何度でも中に入ったことのある場所だろうにいまさら、この寒いのに一体どうしてこんなところで。 「部外者ですから、今はまだ」 豪炎寺をみとめて笑いかけながら、虎丸は含みのある言い方をした。秘密を打ち明けたくてたまらない顔だ。春まではな、と先手を打って言ってやると、つまらなさそうな様子で唇をとがらせる。 「なんだ、もう知ってたんですね」 「でなければ会いに来ないだろ。いや、すぐに報告がないから落ちたのかと思った」 というのは半分ばかり嘘で、発表の時刻とほぼ同時、訊いてもいないのに親切に結果を教えてくれた人間がいる。「なかなか優秀な成績よ彼、裏口入学が必要にならなくて安心したわ」と、彼女はどこまで本気ともつかない冗談を言っていた。 だが実際のところ、豪炎寺は虎丸がどうせ受かると思ってほとんど心配もしなかったのだ。直接会って褒められたいから報告がなかっただけなんて、そんなことは訊かなくてもわかる。 「落ちませんよ! オレ、頑張ったんですから!」 そしてこれもだ、言われなくても知っている。たった1年、豪炎寺と同じ学校にどうしても通いたくて、虎丸が必死で勉強したりしたことぐらい。 それはきっと、虎丸にとってはよほど誇らしいことに違いない。自分はそれが嬉しいだろうか、考えてみると胸のあたりがざわついてうるさい。答えを出さないまま近づき、くしゃりと頭を撫でてやると、虎丸は不満そうに膨らませていた頬を朱に染めた。 豪炎寺はその頬へそっと手を滑らせ、大きな瞳をまっすぐ見下ろして言ってやる。 「合格おめでとう。よく頑張ったな」 とたんに驚いて時間が止まりでもしたような顔。これを言われたくてわざわざここまで来たんだろうに、恥ずかしそうに視線をそらすのがおかしかった。 「豪炎寺さん、なんか、……今日、優しくないですか」 「どういう意味だ」 ただの照れ隠しだとわかっていたが、その言い種だといつもは優しくないみたいじゃないか、人聞きの悪い。眉をひそめて睨んでやると、虎丸は、いえべつに、と動揺を消化しきれない様子で口ごもる。 「心配するな。今だけだ」 「え?」 豪炎寺がするりと視線を逸らし、歩き始めれば虎丸はすぐに追いかけてくる。視界の端にその姿を捉えながら、意味はわからなくていい、と思う。同じフィールドにいるときに、お前をこうやって甘やかす気は一切ない。 「去年が去年だ。今年は入部希望者が多いぞ、簡単に試合に出られるだなんて思うなよ」 「大丈夫です、オレ、誰にも負けません」 「だといいがな。まあいいさ、鍛え直してやる」 「楽しみにしてます」 虎丸はかわいげのないことを言いながら楽しそうに笑う。つられて頬が緩みそうなのがよくない。また同じユニフォームを着て、これが自分の隣に並ぶ。なんだか不思議な気もしたが、思い浮かべてみた光景は当然のように意識になじんだ。 遠くの空にふと目をやれば、近づく春は澄みわたる薄いオレンジで、その日に向けてもっと鮮やかな色になる。 豪炎寺の目線をたどるようにして空を見上げた虎丸が、きょう、夕焼けきれいですね、と静かに嬉しそうな声で言った。
11.01.25
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